裁判年月日 令和 4年10月20日
裁判所名 東京高裁
裁判区分 判決
事件番号 令4(ネ)1409号
事件名 債務不存在確認請求控訴事件
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2(1)控訴人の被控訴人に対する原判決別紙発言目録記載の発言を理由とする損害賠償債務が存在しないことを確認する。
(2)控訴人の被控訴人に対する平成27年4月から平成30年4月までの間に行われた控訴人社員Aによる優越的な関係を背景とする業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動による損害賠償債務が存在しないことを確認する。
(3)控訴人の被控訴人に対する原判決別紙発言目録記載の発言を理由とする謝罪文を交付する義務が存在しないことを確認する。
第2 事案の概要
1 本件は,控訴人が,被控訴人が控訴人の従業員等からマタニティハラスメントやパワーハラスメント(以下「本件パワハラ等」という。)を受けたとして控訴人に対し謝罪文等を要求しているが,本件パワハラ等は存在しないとして,控訴人の被控訴人に対する安全配慮義務違反による債務不履行,使用者責任又は会社法350条に基づく損害賠償債務及び謝罪文の交付義務が存在しないことの確認を求める事案である。
2 原審が,請求が特定されていないとして,控訴人の訴えをいずれも却下したところ,控訴人は,これを不服として控訴した。
3 前提事実(争いがないか,後掲の証拠(特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実。)
(1)当事者等
ア 控訴人は,建築リフォーム等を業とする株式会社である。
イ 被控訴人は,控訴人の従業員であったが,令和4年2月27日付けで自動退職扱いとされた(甲27,28)。
ウ A(以下「A」という。)は,被控訴人が控訴人に勤務していた当時その上司であり,平成29年10月10日から令和2年9月30日まで控訴人の取締役であったものである(甲14,25)。
(2)被控訴人は,平成27年4月から控訴人の従業員として稼働し,同じく控訴人の従業員である女性と平成29年12月に婚約し,平成30年9月に結婚式を挙げたところ,その間の同年3月に同女性の妊娠が判明した(甲2,5)。
(3)被控訴人は,控訴人に対し,令和元年5月19日付けの「X1を日本一の会社に飛躍させるための案」と題する書面(以下「本件申入書」という。)を提出した。
本件申入書には被控訴人入社後の時系列に沿いつつ被控訴人が感じたことなどが書かれた部分もあったが,その中に,上記女性が妊娠したことにつき平成30年4月に幹部から詰められたといった記載や,Aからのパワーハラスメントにより鬱になった旨の記載などが含まれていた。
(甲5)
(4)被控訴人は,令和元年5月23日から育児休業を取得していたが,令和2年10月14日,控訴人代表者と面談し,本件申入書に記載された件や育児休業からの復帰後のことなどについて話をした。話は復帰後のことや本件申入書に記載されたことなどにわたり,被控訴人がわだかまりを抱えているのなら今日解決したいなどといった控訴人代表者の発言や,関係者に謝罪を求める趣旨の被控訴人の発言などもあったが,話はまとまらなかった。
控訴人は,同年12月18日,八王子簡易裁判所において,被控訴人を相手方として,調停を申し立て,これを受けて被控訴人は本訴代理人弁護士を調停の代理人として依頼するなどした。
(甲12,16,22,27,乙2)
(5)被控訴人は,令和3年1月18日,労働組合であるBユニオン(以下「本件労組」という。)に加入した。
本件労組は,同月27日付け書面をもって,被控訴人の復帰に当たっての控訴人の方針を明らかにすることを求めるとともに,被控訴人に対するパワハラ等について事実関係を調査し,責任者を処分し,文書で謝罪するとともに,これらの内容を全従業員に通知することなどを求め,控訴人に対し,団体交渉を要求した。
これに対し,控訴人は,同年2月2日に上記調停申立てを取り下げ,同月3日付け訴状により,被控訴人を被告として,被控訴人に対し「ハラスメントを理由とする損害賠償債務を負担しないこと」の確認を求める本訴を提起した(なお,本訴の請求の趣旨は,原審での複数回にわたる訴えの変更の結果,現在のものとなっている。)。
(甲6,12)
(6)令和3年2月26日,本件労組側が被控訴人及び書記長ら,控訴人側が本訴代理人弁護士及びAらの出席の上,1回目の団体交渉が行われ,その中で,本件労組は,控訴人に対し,本件パワハラ等に関する事実関係の調査や被控訴人の復職へ向けての調整を求めるなどしたほか,控訴人が本訴を提起したことが不当であるなどと主張した
(甲7,8,15)。
本件労組は,同年4月1日,神奈川県労働委員会において,控訴人を被申立人として,控訴人が本件労組との間で被控訴人の復職条件に係る団体交渉に誠実に応じないこと,本訴の提起は被控訴人が本件労組の組合員であることを理由とした不利益取扱いであること等を主張して不当労働行為救済命令を申し立てた(甲12)。
同年4月7日,2回目の団体交渉が行われ,お互いの発言等をめぐって紛糾する場面も多かったが,被控訴人の復職後の処遇や本件パワハラ等に関する件なども話題とされた(甲9,10)。
同年5月10日,3回目の団体交渉が行われ,被控訴人の復職後の処遇や本件パワハラ等に関する件などの話がされ,後者については控訴人側から被控訴人に対し本件パワハラ等と考えている行為をすべて明らかにするよう求めるなどした(甲11)。
(7)その後,控訴人や関係者により以下の訴訟が提起された。
ア 損害賠償請求訴訟①
控訴人は,令和3年5月28日付け訴状により,横浜地方裁判所において,本件労組を被告として,上記救済命令申立てが違法であるとして,損害賠償を求める訴訟を提起した(乙2)。
イ 損害賠償請求訴訟②
Aは,令和3年8月2日付け訴状により,横浜地方裁判所相模原支部において,被控訴人を被告として,被控訴人がAを本件パワハラ等を行った者と名指しした行為等が名誉棄損に当たる等として,損害賠償を求める訴訟を提起した(甲16)。
なお,同支部は,令和4年6月29日,この訴訟について,Aの請求を棄却するとの判決を言い渡した(甲26)。
ウ 損害賠償請求訴訟③
控訴人は,令和4年6月3日付け訴状により,横浜地方裁判所において,被控訴人を被告として,被控訴人が顧客を装って控訴人の従業員らにメールを送ったと主張し,この行為が不法行為に当たる等として,損害賠償等を求める訴訟を提起した(甲27)。
(8)被控訴人は復職予定であったが,平成3年5月24日付けの医師の診断書において神経衰弱状態で自宅静養を要するとされており,同年7月12日付けでこれを理由に同年5月27日から8月27日までの年次有給休暇を申請した(甲13,18)。そして,被控訴人は就業規則に基づく休職期間満了により令和4年2月27日付けで控訴人を自動退職するに至った(甲27,28)。
4 争点は,①請求の不特定により本訴を却下すべきか否か,②確認の利益の欠如により本訴を却下すべきか否か,③本件パワハラ等の存否であり,これらの点に関する当事者の主張の要旨は,次のとおり補正するほかは,原判決の原判決3頁1行目から11頁25行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
以下原判決中,「原告」,「被告」,「訴外A」とあるのを,それぞれ「控訴人」,「被控訴人」,「A」と読み替える。
(1)原判決3頁1行目を,「(1)争点①請求の不特定により本訴を却下すべきか否か」と改める。
(2)原判決5頁8行目を,「(2)争点②確認の利益の欠如により本訴を却下すべきか否か」と改める。
(3)原判決5頁14行目の「以下「提案書」という」を,「本件申入書」と改め,以下,原判決中,「提案書」とあるのを,いずれも「本件申入書」と改める。
(4)原判決11頁20行目を,「(3)争点③本件パワハラ等の存否」と改める。
(5)原判決11頁25行目の「予備的答弁」を,
「本案の答弁」と改める。
第3 当裁判所の判断
1 原判決は,本訴においては各請求の趣旨の特定がいずれも不十分であるとして,各請求に係る訴えを全て却下したものであるところ,この点についてはなお検討の余地がないではない。しかしながら,この点はさておくとして,当裁判所としては,本件においては確認の訴えにおいて求められる即時確定の利益が存在するとはいえないから本訴は不適法と判断するものである。その理由は以下のとおりである。
2 本件は消極的確認訴訟である債務不存在確認訴訟であるところ,かかる訴訟が提起される典型的な事件類型である交通事故による損害賠償請求権の存否が問題となっている事案についてみると,この種事案において提起された債務不存在確認訴訟については確認の利益が認められるのが通常であるものの,紛争が未成熟であったり,訴え提起が濫用的であったりするなど特段の事情がある場合には確認の利益が否定される余地もあると考えられるところである(このような指摘をしている裁判例として,東京高裁平成4年7月29日判決・判例タイムズ809号215頁,東京地裁平成9年7月24日判決・判例タイムズ958号241頁)。本件は,職場における本件パワハラ等をめぐる紛争について債務不存在確認訴訟が提起されている事例であるところ,この種の紛争については以下のような指摘ができる。
職場内において,パワーハラスメントやセクシャルハラスメント等,各種ハラスメント(以下「パワハラ等」という。)が発生したとして従業員が事業主に対して相談を持ちかけたり苦情を申し入れたりしたからといって(以下,両者を併せて「相談等」という。),当該従業員が事業主に対して損害賠償を請求する目的があると当然にいえるものではない。このような場合における問題解決の在り方には多様な選択肢があり得るところであって,従業員としては事業主が事実関係の調査を踏まえつつ適切な対応措置を取ることを通してより良い職場環境が実現されることを期待しているのがむしろ通常であると理解される。労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律30条の2第1項は,「事業主は,職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう,当該労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と定めるが,これは上記と同様の理解に立つものといえるであろう。そして,同条3項を受けて定められた「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」(乙1)は,事業者に対して職場におけるパワーハラスメント防止のための措置を講ずることを求めるとともに,従業員から相談等があった場合において迅速かつ正確な事実確認やこれに引き続く措置を取るべきことなどを定めているところである。
このような事情を考慮すると,従業員がパワハラ等について事業主に相談等をした場合には,状況のいかんにより将来的に従業員からパワハラ等を理由とする損害賠償請求がされる可能性がないわけではないけれども,その可能性は一般的抽象的なものにとどまり,むしろ両者間の協議や事業主による対応措置がされることによって債務不履行や不法行為を理由とする金銭賠償や特定的救済といった紛争にまで至らずに解決する可能性も十分に高いものと思われる。そうすると,紛争解決の在り方として損害賠償による解決が原則となる交通事故の場合などとは相当に様相が異なると解されるのであって,単に上記のような相談等がされたことをもって事業主に対する損害賠償請求権の行使につながる抽象的可能性があるとして当該従業員を相手に債務不存在確認訴訟を提起することは,損害賠償請求に係る紛争が未成熟な段階で確認を求めるものといわざるを得ない。また,かかる段階で債務不存在確認の訴えを提起することは,相談等をした従業員側の意思に必ずしもそぐわないばかりでなく,事業者の法令上の責務を果たさないまま応訴の負担を従業員に負わせることにもなりかねないところである。損害賠償請求がされる抽象的危険があれば債務不存在確認訴訟を提起できるとするならば,従業員としては損害賠償請求をしないと約束でもしない限り上記の負担にさらされることにもなるが,これは問題解決へ向けた従業員の選択肢を奪う結果となるのではないかとの疑問もあるし,その態様のいかんによっては従業員からの相談等を封殺するおそれがあることも否定できず,既に挙げた法令等の趣旨との抵触が問題となり得るというべきである。
このような事情を勘案すると,以上のような状況の下で債務不存在確認訴訟が提起された場合において,当該確認訴訟による即時確定の利益があるといえるためには,少なくとも当該事案における事実関係に照らして従業員が事業主に対し損害賠償請求権を行使する現実的危険があるといえるだけの事情があることを要するものと解するのが相当である。
3 これを本件についてみると,被控訴人が令和元年5月に提出した本件申入書(甲5)には,被控訴人が上司から本件パワハラ等を受けたという趣旨の記載がされているが,その中には控訴人に対して損害賠償を求めるといった記載は含まれていない。そして,被控訴人は,本件申入書を提出した直後から育児休業を取得していたが,令和2年10月になって控訴人代表者と面談しており,その際,育児休業から復帰後のことに加えて本件申入書に記載されていた本件パワハラ等の件についても話がされ,その中で,謝罪をしてほしい旨の発言が被控訴人からされてはいるが,この発言は長時間にわたる面談の一場面において出たものにすぎない。この面談では控訴人代表者による発言が多く占めているところ,むしろ控訴人代表者から「じゃあ1個1万円にしとく?1個1万円払うよ」などと金銭解決を持ちかけたかに取れる発言もあり,これに対して被控訴人が「1個1万円?いや,それは考えたことなかったので」と応じるなど(甲22),被控訴人側においては必ずしも損害賠償請求を念頭に置いていなかったこともうかがわれる。
そして,被控訴人が加入した本件労組が令和3年1月27日付け書面(甲6)をもって控訴人に対して団体交渉を要求した際にも,そこにおける要求事項は,被控訴人の復帰に当たっての控訴人の方針を明らかにすること,被控訴人に対する本件パワハラ等について事実関係を調査し,責任者を処分し,文書で謝罪するとともに,これら内容を全従業員に通知することなどであり,本件パワハラの件について被控訴人への損害賠償を求めることは要求事項に入っていない。要求事項の中には文書での謝罪を求める部分もあるが,同事項全体から見るならば,これは債務不履行や不法行為を理由に特定的救済を求める趣旨のものというよりも,控訴人に対して前記厚生労働省告示が挙げる雇用管理上の措置の一環として謝罪を要求するという趣旨のものと理解し得るところである。控訴人と本件労組との第1回交渉の際には,本件労組側から,金銭的解決になる可能性もあるとの話が出ている部分も一部にはあるが,他方において,どういう職場を作っていくのか,その中で雇用の問題やハラスメントの問題をきちんと解決していくことを重視している趣旨の発言もされているところであって(甲7),交渉全体を見ても,被控訴人が損害賠償請求を具体的に考えているとうかがわれるだけの事情は見受けられない。他に,被控訴人が控訴人に対する損害賠償請求を具体的に考えていることをうかがわせるだけの事情は,証拠上認められない。
以上の事情に照らすならば,本件においては,被控訴人が控訴人に対して,控訴人の従業員であった時期に受けた本件パワハラ等を理由として控訴人に対して損害賠償請求権を行使する現実的危険があるといえるだけの事情があるとはいい難い。したがって,本訴は即時確定の利益を欠くものというべきであるから,これを不適法として却下すべきである。
4 結論
以上の次第であるから,控訴人の訴えをいずれも却下した原判決は,結論において相当であり,本件控訴には理由がない。
よって,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林宏司 裁判官 前田英子 裁判官 山城司)

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